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【書評】ふっと心がかるくなる禅の言葉

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「まるで禅問答のようだ。」

何を言っているのか、はたからは分からない問答に使われる表現

 

 

 もう10年ほど前ですが、社会人2年目で仕事で失敗し落ち込んでた時に新幹線ホームのキオスクで買った本がこちらの「ふっと心がかるくなる禅の言葉」です。

 

ふっと心がかるくなる禅の言葉 (コスモ文庫)

ふっと心がかるくなる禅の言葉 (コスモ文庫)

 

 

「禅」と聞くと 冒頭の文のように難しく、哲学的なものを想像してしまうのですが、こちらの本は禅の言葉を噛み砕いて分かりやすくまとめてあります。

その中で特に私が好きな言葉を入れていくつかご紹介したいと思います。

 

 

 

放てばてにみてり

「手放せば、手に入る」という意味で、いかにも禅の言葉です。

 人間は生きている間あれが欲しい、こうしたい、という欲に悩まされてしまう。

何かを掴んだままの手には、新しい何かを掴むことはできません。まずはそれを手放してみましょう。放してみたら「こんなつまらないものを掴んでいたのか」と思うかもしれない。

 

水月在手(みずをきくすればつきてにあり)

遠くで輝く月も水をすくえば、手の中に感じられる。

 自分とはかけ離れた遠くにある美しいものとして月をみているだけではそれに気づくことはできない。「水を掬する(すくう)」という自らの行動があって初めて「手の中で月が輝く」という意味。

 

昔の人はロマンチックです。

 

  好事不如無(こうじもなきにしかず)

好事もそれに執着すると煩悩や妄想の元となる

という戒めの言葉。※「好事」とは喜ばしいことの意味。

よく一度生活レベルを上げてしまうと、下げられなくなってしまうという話を聞きます。そんな時に思い出したい言葉。

 

一切唯心造(いっさいゆいしんぞう)

清も濁も自分の心がつくりだすもの。

心が濁っていればどんなに美しいものも濁って映る。清い世界は清い心にしかあらわれない。すべては自分の心の中のあらわれ。

だからこそ心を清く保ちたい。

 

松樹千年翠(しょうじゅせんねんのみどり)

目立たないが確かな価値をもつ存在

日本人は 春はお花見、夏は新緑、秋は紅葉といった四季の移ろいを好みます。

それに対して松の木は1年を通して変化に乏しいため、人の目を引きにくいが、海のそばや断崖などにもしっかりと根を張る強い生命力を持っている。

新しいもの、華やかなものにめを奪われがちだが、目立たないが確かな価値をもつ存在を忘れてはいけない

 

和敬清寂(わけいせいじゃく)

和の心で互いに認め合う。

和の心で互いに認めれば、敬が生まれ、清を得て、寂にいたる。

この4つの字を見ているだけで落ち着く気持ちになります。  

 

八風吹けども動ぜず(はっぷうふけどもどうぜず)

周囲の評価に揺れ動かない信念

「八風」とは人の心を惑わす八つのものを言い、生きる上では毀誉褒貶(きよほうへん)や苦楽といった表裏一体の風の中をすすまなければならない。

風向きが変わるたびにぐらぐらと揺れ動かないための信念をしっかりともつことを表す言葉。

 

流水、無心にして落花を送る(りゅうすいむしんにしてらっかをおくる)

無心だからこそ美しい。

風に吹かれて落ちてきた花を、川の流れは当たり前のこととして運んでいくこと。花は自然に落ち、川は無心に流れていくだけ。

自我を主張せず、見返りを求めず、互いを信頼して自然に身を任せあう。こういう人間関係でありたい。

 

鳥啼山更幽(とりないてやまさらにしずかなり)

 深い人生には苦しみも必要

 「閑さや 岩にしみいる蝉の声」を連想させる言葉。

ただ静かなだけでよりも、鳥が一声啼いたあとの静けさのほうが深い静寂感を感じられる。

人間らしく成長していくためには、平穏で楽しい日々だけでなく、苦しみ(鳥の啼き声)も必要である。困難に見舞われた際には苦しみも人間性を深めるために必要なものだと思い出したい言葉。

 

最後に

「禅」は自我という執着を解き放つことで、無我の境地に入ることを目的としています。そのため、この本でも自我や執着からの解放にかかわる言葉が多く紹介されています。

今後の社会は「個性」で自分の価値を高めていく時代です。ただ、がんばりすぎると体も心も消耗してしまうので、今回紹介した禅の言葉が、周囲の評価や苦しい時の心の支えになるかと思います。